湖畔で見つけた天国の暮らし諏訪
2020年12月16日
プロフィール
お名前
赤司慶子さん
年代
70代
居住地
下諏訪町
居住年数
1年未満
- 暮らしの経緯
- 東京杉並区でカフェ経営後、亡き夫との思い出の地、長野への移住を希望し下諏訪町へ
- 暮らしの中で大切にしていること
- 来てくださったお客さまの気持ちを大事にすること
- これからの暮らしの希望
- カフェを通じてこの土地の一部になれるように、また地域の役に立つことがあれば積極的にやっていきたい
- 住まいの変遷
- 東京では自宅兼カフェ→下諏訪町で自宅兼カフェを新築
東京から「諏訪湖に呼ばれて」移住し、下諏訪でカフェ経営
長野県 諏訪郡 下諏訪町は諏訪湖の北に位置し、人口は約2万人。
諏訪湖はもちろん諏訪大社や八島ヶ原湿原、下諏訪温泉といったさまざまな名所を擁する観光地として人気の地域です。
赤司慶子さんは東京杉並区でカフェを経営後、現在は下諏訪町の諏訪湖畔沿いに移り住み、その時の経験を生かし現在も同じくカフェを経営しています。
もともと、東京でも自宅を改装したカフェを営んでいた赤司さん。
瀬戸内海のある岡山出身ということもあり、いつからか東京から離れ、自然豊かな町で暮らしたいと思うようになりました。
当初、長野県を予定していたわけではなかったそうですが、昔、夫と鑑賞しに行った松本のサイトウキネンオーケストラを思い出し、赤司さんの中で「長野県」という候補地が徐々に大きくなっていったとのこと。
赤司さんが長野県内の気になる土地をピックアップし、何件か候補地が集まったところで娘さんや妹さんと何度も候補地を見に行きました。
そんな中、たまたま立ち寄った諏訪湖を見た時にお母さまと妹さんが「素敵!」と言ったことが、諏訪に移住する決め手になりました。
この時のことをみなさんは「諏訪湖に呼ばれた」と口を揃えて言います。
諏訪湖周辺で色々な方に相談して土地を探し、最終的に自然豊かでありながらも生活感のある今の場所に決めました。
「自宅のあたりには喫茶店がないので、地域の方が散歩のついでにちょっと一息入れられるような場所にしたい」と、東京の家の一部をカフェにした当時、近所の方との交流が以前よりも増しうれしかったと話す赤司さん。
その時のうれしいと感じた気持ちや、移住後も早く地域にとけ込みたいという思いから下諏訪でも『皆さんに自由に出入りしてもらえるような』カフェをやろうと決めたそうです。
地元の方のために早朝から開店するカフェ
そんな経緯で2020年6月にオープンしたお店が「café pucca(カフェ プッカ)」、東京の頃と同じ店名です。
諏訪湖のボート艇庫の前にあるこのお店は、早朝に諏訪湖を散歩する方のために午前7時から開店しています。
早朝、諏訪湖畔の散歩やランニングの後に立ち寄って焼き立てパンやコーヒーを楽しむ方も多いそうです。
また、カフェには妹さんが経営する「陶芸ギャラリー工房青花」(予約制)が併設されており、こちらも連日、地元の方を中心に陶芸を楽しむ方でにぎわっています。
なんとカフェで使われているコーヒーカップはすべて妹さんの作品で、その温かみのあるカップはお客さまからも「かわいい」と大好評。
お店はランチタイムが過ぎたらいったん閉め、午後5時30分からは「たそがれカフェ」として開店し、午後9時まで営業。
パンやコーヒーを味わったり、店内のピアノを弾いたり、工房で陶芸の体験をしたり、赤司さんとお話をしたり。
café puccaには朝から夜までさまざまな人が訪れ、思い思いの時間を過ごしています。
冬でも暖かい住居。ソーラーパネルで売電も。
現在、赤司さんはカフェ兼自宅のこの家で、お母さま・妹さん、息子さんの3世代4人で暮らしています。
長野という冬の寒さが厳しい地域に住むにあたって、東京時代に建てた家と同じメーカーに依頼し、家族やお客さまのことを考え、冬でも暖かい家を希望しました。
「家の造りが開放的なところが気に入っていました。そして、床や壁に使われている木材が厚いのと、ドアや窓のガラスが3枚使われているタイプで気密性が高くとても暖かいんです」
2月に完成した住宅は、寒い時期の引き渡しにもかかわらず、暖房なしでも暖かく、みんなが驚いたそう。今でも暖房を使うのは朝の気温が低い時間帯だけだそうです。
そんな赤司さんのやさしさで造られた家は、親族や知人がいつでも遊びに来られるように宿泊できる部屋も用意されています。
また、お母さまのためはもちろん、高齢のお客さまのために室内は完全バリアフリー。
屋根にはソーラーパネルを設置し、使う電気の一部を太陽光でまかない、晴天率の高いときは売電もできているそうです。
カフェを通じて地域の一部になりたい
「水も空気もきれいで、周りの人も温かくてここでの暮らしは天国」と話す赤司さん。
café puccaもまだオープンして数カ月。お店が盛況なこともあり、幸せを感じながらも毎日が慌ただしく過ぎています。
毎日、赤司さんが朝早くからたくさん焼いたパンも、その日のうちに売り切れてしまうことが多いそう。
「余ったら翌日、家族で食べようと思ってるんだけど、いつも無くなっちゃう」と赤司さんは笑います。
今後のことを訪ねると、毎日が慌ただしいと話しながらもこんなふうに話してくれました。
「家族がおいしい、と言ってくれるものをお客さまに提供し続けたい。そしてカフェを続けて地域の一部になれるように頑張っていきたい」
諏訪湖の畔は、きょうも朝早くから赤司さんの焼くパンと入れるコーヒーの香りが漂っています。